それは、2月のある日のことだった。
事務所内で仕事中に突然、奈々の叫び声が聞こえてきたのだ。


「きゃああああああ!!」


もちろんフロアにいた全員がその声に驚き、電話中の人間は「少々お待ち下さい」と保留ボタンを押し、受付の女の子たちは振り返り、何事かと身を乗り出す。
当然のことながら俺も自分のデスクから立ち上がって、事務課の奈々のデスクをのぞいた。


彼女は大きな声を出してしまったことを、赤い顔して即刻詫びていた。
「もっ、申し訳ありませんっ!」と。


「門脇さん、静かに頼むね」


と、女子社員に人気の熊谷課長がキラッと光るような笑顔で奈々を注意していた。
本人は縮こまるように反省の態度を見せる。


なおも事務課からはやたらと押さえたような歓声まで聞こえてきて。
一体なんなのかと俺も気になってきた。


すると、奈々がカーディガンの中に何かを隠しながらコソコソと俺のデスクまで足早にやって来た。
その顔はニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべている。


「おい、奈々。どうかしたのか?」


思わず尋ねると、待ってましたとばかりに奈々は懐に忍ばせた携帯の画面を俺に見せつけるように向けてきた。


「━━━━━あ!」


弾かれたように声を上げてしまった。
ヤバいと気づいてゲホゲホと咳払いしてごまかす。
ごまかし切れていないのは重々承知で、何人かの先輩方に睨まれてしまった。


「今日のお昼すぎに産まれたんだって!元気な男の子だよ!」


まるで自分のことのように嬉しそうに笑う奈々。うっすら涙まで浮かべてる。
大野が元気な赤ちゃんを、無事に出産したらしい。


彼女の手の中にある携帯には、産まれたてホヤホヤのまだ目も開いていない赤ちゃんが写っていた。
その横に、笑顔の大野の姿。