「プロポーズは、もう少しだけ待っててくれないかな」


突然の話に、私は言葉も出なかった。


ただ目を丸くして、前をまっすぐ見据えて運転している順を見つめる。
彼は実に穏やかな表情だった。


「柊平と大野の姿を見てると、正直焦る。俺もそうなりたいって思うし、いつか奈々と子供と、家族で笑っていたいって思う。だけど………………、もう少しだけ、待っててくれないか」


なぜなのかは分からないけれど、この時の順は頼もしく見えた。
いつも優しく笑って、優しく接してくれる彼とは違う、何か覚悟を決めたような雰囲気を感じた。


私の口が自然に動く。


「うん。待ってる」


いつまで待てばいいの?なんて、無粋なことは言わない。
順の精一杯の気持ちは充分伝わってきたから。


「ねぇ、順」

「なに?」

「今日のおかずは何がいい?」

「そうだな〜、……餃子!」

「オッケー」

「あぁ、なんかお腹空いてきたな」


トロンとした二重まぶた、薄い唇、鼻筋の通ったなかなかの男前。
誰に聞いても「優しい男」田嶋順。
この人は、私の彼氏である。


押しに弱く、上司に弱く、後輩に優しく、お酒に強く、女に弱く、子供にも弱く、そして私にも弱い。


だけどなんだかんだで私だけを愛してくれる、私の愛しい人。


そんな彼が、そっと左手で私の右手を握ってくれた。


こんな小さな幸せを、私は抱きしめながら生きていこう。
そう、心に決めた。












門脇奈々の物語

おしまい。