「ごめん……、私がついていながらこんな事になっちゃって。最近胎動のせいでよくお腹が張るって言ってたから、そんなもんなんだって思って気にも留めてなかった……」


ガックリ肩を落として謝ると、彼は首を振った。


「お腹が張るっていうのは、俺も家で聞いてたから。逆に門脇がそばにいてくれて助かった。梢が1人の時に倒れたらもっと大変だった」


その言葉には、「ありがとう」という意味が込められている気がした。須和にしては分かりやすい。
私は何も出来なかったのに、そんなことを言われるのは筋違いだと思ったけれど。
それでも須和の深刻そうな表情を見ると、余計な話をするのは申し訳ない気がして黙った。


この男も、こういう顔をするんだ。
普段私や順の前では、ちっともコズに対して愛情のカケラも見せないこの男が。


私も彼の隣に座り、2人で黙ったままひたすらコズの診察が終わるのを待った。
昼間の土曜日の病院の廊下では、見舞い客の声なのかなんなのか、どこからか明るくて元気な笑い声が遠くから聞こえてくる。
それはまるで、なんでもないことでよく笑うコズの笑い声みたいだった。


隣に座る須和の手は、ところどころ白い粉がついていた。
きっとコズが倒れたっていう連絡を受けて、ボルダリングを中断して急いでやってきたんだろう。粉を落とすのも忘れるほどに。
左手の薬指には、コズのものとは違った石や模様も何も無い結婚指輪があった。
それは、2人を夫婦だと証明する証のひとつだ。


私がコズの変化にもっとちゃんと気がついていたなら、2人の幸せを壊すようなことにはならなかったのに。
一点を見つめたまま動かない須和の横顔を見て、後悔の念に押しつぶされそうになった。