「東山美穂さん、だったよね?」


給湯室でボーッとしていたら、不意に背後から男性の声が聞こえた。
慣れない環境で仕事を覚えることでいっぱいいっぱいなのに加えて、1年目ならではの雑用のお茶くみ。
藤代部長のお客様が応接室にいらしているので、コーヒーを出そうとここへ来たというのに。肝心のコーヒーを用意せずにひとときの休憩をしてしまった。


慌てて振り返って「はい!」と返事をする。
入社して1ヶ月。
とりあえず元気よく笑顔で返事をすれば、悪い印象は与えないということは学んだ。
だから今もそうしたのだ。


「ごめん、俺にもコーヒーもらえるかな?」


そう言って微笑むその人の顔を見上げる。
動揺して必要のない茶托をひっくり返してしまった。


「きゃあ!す、すみません!今淹れます!」


茶托を拾って焦りながらコーヒーを準備する。
応接室の分ふたつと、彼の分。


彼は、あたしの憧れの人━━━━━。
熊谷充さん、だ。
33歳にしてここ本社の課長職につけたのは、つい2ヶ月前まで在籍していた卸町営業所で相当な営業成績を収めたというのが理由らしい。
受付のあたしはあまり話す機会も無いし、遠目で見ているくらいの存在。


4月から本社に異動してきて、あたしの入社と同時期だったので初日に声をかけられたのは覚えている。


「俺もここでは新入社員みたいなもんだからさ。よろしくね」


と言って笑った彼は、大人の色気が漂っていて。
身長も高くて、細身だけどそれなりにガッシリもしていて、そして甘いマスクという言葉がピッタリの端麗な容姿。
非の打ち所なんてどこにもない。
こんな人と同じ職場で働けるなんて、なんて幸せなんだろう。


初日からあたしはこの人の虜になったのだ。