上司にたてついた翌日。
あまり詳しくは覚えていないが、ものすごく苦しんで大変な思いをした挙句に奈落の底に突き落とされるという恐ろしい夢を見た。
夢が現実を暗示しているかのように。


「異動か、クビか……」


いずれにせよ、事務課の皆様、短い間でしたがお世話になりました…………。


テンションだだ下がりのまま出勤した。




ところが。
朝、いつものように爽やかな笑顔を振りまきながら出社してきた熊谷課長と目が合ったのに、特に何も言われなかった。


アレ?おかしいな。
なんで何も言ってこないんだ?


朝礼のあと、無駄に課長のデスクの周りをうろついてみる。
………………反応が無い。

外線電話を取ったら得意先の企業の営業部長から、熊谷課長宛のものだった。
取り次いでみたものの、「ありがとう。すぐに回して」と普通の対応。

ついには課長が席を立った時、俺もついていくぐらいの勢いで一緒に廊下へ出た。


そこでようやく、課長が怪訝そうに俺に話しかけてきた。


「一体どうしたんだ、神田くん。君、朝から挙動不審だよ?」

「え?いやいや、課長。俺はいつ異動やらクビやら言われるのかと待ち構えていて……」

「は?」

「え?」


お互いに顔を見合わせる。
長身の熊谷課長と俺とでは身長差が発生するので、悲しいかな見上げるような形になってしまっているけれど。
課長は身構える俺を見て笑っていた。


「昨夜のことを言ってるのかい?あんなの気にしていない。あのバカ女のことなんかでいちいち君を異動になんてするもんか」

「バッ、バカ女は訂正して下さいよ!」

「しない。仕事に戻ってくれ。話は以上だ」


カツカツと革靴を鳴らしながら課長は颯爽とその場からいなくなってしまった。