怒りで手が震えた。
どうにか理性が働いて抑えたけど、ここが職場じゃなかったら無理だったかもしれない。


守衛の田中さんに声をかけて、会社をあとにする。
外の冷たい空気を吸い込んだら、一気に緊張が解けて地面にへたり込んだ。


「情けないな、俺は……」


相手は上司だ。
社会人として、きっとさっきのことは言ってはいけなかったことなのだということは分かっている。
だけど出来なかった。


田舎の営業所に飛ばされるかもしれない。
それでもあのクズと呼ぶに相応しいあいつに文句を言ってやりたかったのだ。
女性の気持ちを弄び、陰で笑うようなそんな男は絶対に許せなかった。
それが好きな子の相手ならばなおさら……。


東山さんの笑顔を奪う権利は、熊谷課長にはもう無い。
あってはならない。


俺が必ず彼女の笑顔を取り戻す、なんてかっこいいことは言えない。
でもそうなりたいとは思う。
それくらい、頑張った俺なら思ってもいいよね。


少しくらい思ったっていいよね、きっと。










神田蓮、26歳。
人生で一番勇気を出した日…………かもしれない。