「お疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
頭上から聞こえてきた声に、カバンを探っていた手の動きを止めた。そして、私の腰かけるイスの後ろに立っていた上司に頭を下げる。
時刻は17時過ぎ。退勤時刻だ。
私は、再びカバンの中に手を突っ込んだ。そこから定期券を探り出すと、それを手に足早にオフィスを出た。
コツコツとヒールの音を立てながら廊下を歩いていると、微かに話し声が聞こえてきた。何故か反射的に足を止めてしまった私は、バレないように壁から顔を覗かせて、話をしている人が誰なのかを確認した。
話をしていたのは今井さんと常務。別に隠れる必要は無いけれど、何となくその二人の前を通りづらくて、そのまま壁に背中をくっつけていると……。
「聞いてくださいよぉ、常務。私、また今日も唯川さんに怒られちゃったんですよぉ。ちょーっと芹川さんと話してただけなのに」
二人が話していた話の内容は、私のことだった。
余計にこの場から出づらくなってしまった私は、壁に隠れたままで二人の話を、ただ聞いていた。

