…………樹が、転勤する。
その事実は、私の胸をドクンドクンと大きく跳ねさせ、乱れさせた。
一体、どこに?
何処へ転勤して、どのくらいその場所に居るの? ここには帰ってくる?
聞きたいことは山程あるけれど、聞いたところで私はどうするつもりなのだろう。
だって、私には三浦くんがいるし、樹の事を気にする筋合いなんて全くと言っていいほどない。
……いや、筋合いがないとかそういうことじゃない。私は、ここで樹のことを聞いてはいけない。聞いたら、きっと、引き返せなくなる。
聞いたら絶対にダメだ。聞いたって……しょうがないじゃない。
「えっと……あの、青柳さんに、次の職場でも頑張ってください。と伝えておいて下さい」
震えそうな声や、喉の奥から出てきてしまいそうな聞きたい事。それらが全部出て来ないよう、必死に平静さを保った。
「えっ……それだけ?」
「はい。ダメですか?」
「あ、いや……うん。分かった。そう、青柳に伝えておきます」
私の発した言葉に眼鏡の男性は酷く驚いた表情をしたけれど、再び顔を顰めるようにしてからこの場を去っていった。

