「そういえば私、最初の頃もオオカミさんと一緒に新幹線に乗ったんだよね」
「…………」

 チラリと横を確かめると、大神は眠っている。

 安心した燈子は、そのまま当時を思い返して、鏡の自分に語りかけた。

「覚えてる?
 それまで私、ずっとオオカミさんのことは怖くって大キライで。

 だけどあの時、初めて一緒に出張に行って、だんだんイメージが変わっていって…
 もしかしたら私、あの時はもう好きになってたのかなあ」


「…うん……そういえば俺もあの日からだな…赤野を意識するようになったのは」

 起きてる!
 
 クルリと振り返った燈子に、彼は瞳を閉じたまま、クイッと口の端だけを上げてみせた。

「ちょっ、待ってよ課長、オオカミさん。
 タヌキ寝入りなんてズルッ……わっ」

 大神は、真っ赤に頬を染めた燈子を、サッと自分の側に抱き寄せた。
 自分の毛布の半分に、彼女の半身を入れ込む。

「声がデカイから、目が覚めたんだよ」
「う、うそだっ!」

 恥ずかしさを紛らすために燈子が出した大声に、彼は少しだけ笑った。

 それから少し眠たそうな掠れ声で、言うともなく呟いた。

「大丈夫…そんなに心配しなくても、きっと全部…上手くいくから」

「別に、心配なんて私は何にも……
 課長……ぉ」 

 それっきり、燈子はなにも言えなくなった。
 毛布の下で、彼がそっと手を握ったからだ。

「まだ3時間もある…少し…眠ろう」
「………ん」
 
 交互に絡んだ指と指に、たがいの脈が伝わった。

 いつもお互いに自分のものだと思い込み、ひた隠しにしてきたそれも、今は二人分の鼓動なのだと分かる。

 2つ先でやっと噛み合う歯車のように、何もかも違う二人だから、不安でいっぱいではあるが。


 それでも、間違いなく。

 出会った日から間欠泉みたいに溢れては消え、それでも絶えず流れている二人の間の幾ばくかの優しい時を、

少しでも長く続かせられますようにと、


それぞれの胸に誓った。


(おわり)