「忘れ物は、ないな?」
「はいっ!完璧ですっ」

 燈子はピシッと敬礼をした。

 燈子にとっては今日が最後の出社、会社の前で皆と別れは済ませてきた。
 荷物は先に送ってあるから、さっき貰った大きな花束と手回り品だけを持って、これから二人で北九州まで約6時間、新幹線で新居へと向かう。

 大神が腕時計を確かめた時、彼らが乗る博多行の最終便がちょうどホームに入ってきた。
「…行こうか」

 ほんの少し緊張気味の彼の声に、燈子はコクンと頷いた。


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 興奮して、ひとしきりはしゃいでいた燈子だが、一時間もするとトーンダウンしてしまった。

 よほど疲れがたまっているのか、横をみると大神は、通路側に身体を傾かせてすでにウトウトし始めている。
 
 プライベートで寝てる課長の隣にいる…ウーム、近頃は不思議なことばかりだ。

 長い睫毛が時折ピクッと揺れている。
 無防備に眠る彼の姿は、会社の時と全然違って、何だかちょっぴり……
可愛らしい。

 自然に顔が弛んでしまう。
 ひとしきり眺めた後、燈子はそっと彼の上に、備え付けのフリース毛布を掛けてやった。

 __私も寝よう__

 フワッと1つ欠伸をし、窓側に凭れようとして、燈子はふと外に目をやった。
 
 山のなかを走っているようだ。
 小さく切られた丸い窓に、何も景色は流れない。
 ただ、真っ暗な窓の中に、自信のない不安そうな表情を浮かべた自分がいた。


__本当は、ちょっと寂しい気もしている。

 一生懸命就活して、勝ち取った都会でのOL生活をまさか3年で辞めるとは思わなかった。
 
 恋人でもなかったオオカミさんとは、二人で過ごした時間なんて数えるほどしかなく、私なんか寧ろ叱られた思い出しかないくらい。

 それでも、彼と過ごした毎日が、自分の中で大きく、お互いに離れたくない気持ちが強かったのもあるけど

 本音は少し違っている。
 離れれば途端にダメになると分かっている。だから一緒に付いていく。
 それが本当に正しい選択なのだろうか___

 未来への不安。

 ともすれば泣き出しそうな自分に言い含めるように語りかけた。