大神の顔が、みるみるうちに綻んだ。

「よ、よし。いいんだな?間違いないな?」

 燈子はもう一度、今度は大きく頷いた。


「そっか…ははっ、いいって…そうか」


「しかし課長。できればその、
もう少し詳しいご説明を…」

 
 だが、聞こえているのかいないのか。

“そうか、イエスか…イエスはいいってことだよな”

 大神は惚けた表情のまま、独り言を言っている。
 
 燈子は唖然としてそれを見守った。


__こんなオオカミさん、初めて見たかも知れない。

 真っ赤になって、髪を振り乱し、ありありと動揺を見せていた。
 と思ったら、今度は無防備に蕩けてしまいそうなニコニコ顔を晒して…

 だけど___

 少し安心した。
 どうやらもう『実はドッキリでした』という心配はなさそうだ____

 と、ようやく我に返った彼は、改めて燈子に向き直った。


「そ、その。今すぐキスして押し倒したい気持ちは山々なんだが…」

__ちょっと待て、台詞がおかしい__

 突っ込む前に、彼は燈子の両手を握った。併せた彼の掌が、汗で濡れている。

 まるで夢を見ているようだ。

 眉尻を下げ、困ったような切ない表情で訴えかける今の彼に、いつもの傲岸さはどこにもない。

「生憎始業10分前だし、ここではそうもいかない。
 しかもあまりに急ぎすぎて、情けない事に、指輪も準備もないんだ。
…だから」

 ガクガクに震える手で、彼は燈子の左手を、自分の顔の近くまで、持ち上げた。

 膝を折って目線を合わす。

 そして、汗で滑って何度も失敗しながら、何とか自分の小指からシルバーリングを抜きとった。

「取り敢えずはコレで……約束、な?」

 彼は燈子の目の前で、不器用に震えながら左手の薬指にそれを捩じ込んだ。