「ちょっと失礼」
 大神はススッと社長の方へ近づくと、耳に顔を寄せて小声で問いかけた。

 (社長、一体どういう事ですか)

 三鷹社長はバツが悪そうに頭を掻くと、ついと隣の松嶋に目線をやった。

「いやね、彼女

……できちゃったみたいで」

「は?」

 あんぐりと口を開けた大神に、三鷹社長はハハハと誤魔化し笑いした。

「いやぁ。我が家の事情で認知とかは無理だからね。
しかし彼女は産みたいというし、それは是非とも叶えてやりたい。…でも、生まれてくる子供には、父親が必要だろう?」

「それはそうですが…
だからって何故」

 俺なんですか?!

 喉まで出かかった言葉をかろうじて堪えると、大神は社長と顔がくっつきそうなほどに迫り、さらに声を小さくした。

(社長、だから避妊具はご自分でご準備をって…)
(いやさ。彼女が “今日は大丈夫” って言うからつい…)

(も~~、何やってんです!女の “大丈夫” は “極めて危険” の同義語ですって)

「ハハハ、まあ……そこをなんとか。
頼むよ大神君」

「いや、そんなの絶対に無理っ…」
 
 いつの間にか声は大きく、切実さを帯びる大神。

 しかし_____

「と に か く !」

 三鷹社長の重低音の大声が、無情にもその反論を切り捨てた。

「返事はゆっくり考えてくれていいから」

 “期待しているよ”

 理不尽な言葉だけを残し、社長室の扉は閉じられた。
 副社長と人事部長の気の毒そうな顔が、彼にはひどく印象的だった。