夕食を取る店に着いて、ジョゼの車から降りた。


温い風が吹き抜けて、咲き終った桜が枝を伸ばしていた。

東京はどの季節も悪くない。

だけど、どの季節が一番良いっていうのもない。



「元気かな…」


と、つぶやいてみる。

元気なはずないか…。



━別れないからね!!━

私はあの子に詰め寄った。


━うん━


あの子は返事をしたけれど、

どこか上の空な態度にイライラして、

私は更に詰め寄った。


━ねえ!聞いてる!?━


その時、掴んだ相手の肩の感触に呆然とした。



━なにこれ…?━


骨……しかない…


肉も


筋肉も


体温も


何にもなかった。



「おい」


声をかけられている事に気がつかなかった。


「ミツノ!ミツノユリエ!」


強い力で肩をつかまれ、心臓が飛び出しそうになった。

ハッとして振り返る。


「なんだ……」


大宮が立っていた。

過去の亡霊じゃなかった。

はぁ……ビックリした。

大宮とこんな所で会うのも意外ではあるんだけど。



大宮はちょっと眉をひそめたけど、すぐに顔を引き締めて聞いてきた。


「あれ誰だよ」

「なに?」

「俺には『メンドクサイ』とか言っといて、後腐れない男なら誰でもいいのか?」


肩をつかんでいる手の熱さだけ、リアルに感じる。

だけど、まだ頭が付いてこない。


「なんの話?」

「俺なら、どんなメンドクサイことになっても逃げない」


あいまいに、うなずいた。


「逆にヤル気になる」



だろうね。


まだ会ってそんなに経ってないけど、

大宮の分かりやすさは好きだ。


…で、なんの話?


私服も似合うじゃん。

かっこいい。


「しかし、大宮サイズが日本にあることが驚き」

「お前……ごまかすなよ」


大宮が迫ってきた。


「俺以外の男を見るな……あのヒョロメガネだけでも、こっちは毎回ムカついてんだ」

「それって祐介のこと?ヒョロくないよ。超いいカラダしてるよ」

「アイツともヤッてんのか?」

「はあ?どーして私が祐介と。冗談キッツー」

「お前、外人としかヤれないタイプ?」


呆れて大宮を見上げた。

こいつ、超大まじめで聞いてるし!


「バーカ!ボーケ!何なのアンタ!」

「お前が答えないのが悪いんだろ」

「知らないよ!ていうか、オマエって言わないでくれる?」

「ユリエはすぐ誤魔化す……」

「『光野さん』でしょ!?」

「お前は絶対に俺が好き」

「オマエに戻ってる!」

「どう呼ぼうが俺の勝手だ。あの野郎が名前で呼んで、何でこの俺がミツノ呼ばわりするんだよ」


何なのコイツ!?

何様のつもり!?



「アラタ?」

と声がした。

大宮の後ろに、女性が立っていた。



知ってる……!

この人、水泳でオリンピックに出てた!

メダルも取ってる!



「お母さま!?」

「…まぁ、な」

「握手してください!」

「あら、喜んで~」


日に焼けた大宮ママが、にこやかに手を握ってくれた。


テンションがっ!

むっちゃくちゃテンション上がるっ!


「うれしい~!本物のオリンピアンに会えるなんて~!」

「スタイルいいね。何かやってるの?」

「帰宅部ですぅ!」

「ええっ!もったいないよ」


大宮を見上げたら……あれ、ドン引きしてる?

あ、急に恥ずかしくなった。


背後から、私を呼ぶ声がした。


「ユリエ~! My sweet honey!」


大宮ママに頭を下げた。


「じゃ、じゃあ……」


大宮が、何か言いたげに私を見つめている。

その目は「逃げるな」と言っていた。


後ろから、大宮ママの「……カノジョ?」って声が聴こえた。

大宮が聞こえよがしに言ってきた。

「あれは、俺のオンナ!」


こんな都会のど真ん中で止めてよ!…まったく。


振り返ったジョゼが、意味ありげに口笛を鳴らした。