わたしの意地悪な弟

 どこかで間違い、誰かに聞かれたくないためだと思う。

 家に帰ると鍵は閉まっていた。母親は買い物に出かけたのか、誰も家にはいないようだ。

 樹が鍵を取り出し、家の中に入る。

 今が聞くチャンスだろうか。その考えとともに勝手に口が開いていた。

「樹」

 彼は振り返る。

 だが、人気のある場所だと人に聞かれるのを気にしていたくせに、樹と二人きりになれば、彼から何を言われるのかで怯え、慄いていた。

 今まで樹に対して腹が立つことはあっても、こんな気持ちになったことは一度もなかった。

「やっぱりいいや」

「変なの」

 そう笑うと、彼は階段を上っていく。

 樹がわたしを好きかもしれないという確証のない現実と、わたしの中にある彼との甘い時間を続けたいという気持ちが、その問いかける勇気を奪ってしまっていた。