恋風吹く春、朔月に眠る君



気付いた時には一番人気のない階段の踊り場で座り込んでいた。


「わたし......なにしたの......」


暗く淀んだ空気に溶ける疑問に答えが返って来ることはない。大きく目を開いているはずなのに、景色がぼやける。額に当てた手がすごく冷たい。手を下してよく見ると、血の気が引いていた。


「なにこれ、ほんと意味わかんない」


冬の冷たいリノリウムの床が容赦なく私の体温を奪う。昼休みが終われば授業が始まる。そのために早く体操服を借りて着替えないといけないのに、もう楓に会いに行こうという気にはなれなかった。

楓はどんな返事をしたんだろう。もし、楓が肯定を示せばどうなる? 嫌だ。考えたくない。考えたくないのに答えは弾き出される。

独りぼっちになりたくない。待って欲しい。置いて行かないで。なんでそんな答えが出るの。これ以上、醜い自分を知りたくない。いろんな感情が綯い交ぜになって気持ち悪かった。


 漸く落ち着き立てるようになって、教室に戻った。楓に体操服借りられなかったから、見学するしかない。溜息を吐きつつ廊下を歩くと同じクラスの人達がみんな体育館へ向かっていた。その集団の中に司がいた。


「体操服借りれなかったのか?」

「そうなの。教室にいなくて、校内探し回ったんだけど見つからなかった」


私としてはいつも通り、元気に振る舞ったつもりだった。気を張って、悟られるはずなかった。


「あれ、なんか顔色悪くないか?」


瞬きを一つするほどの短い時間、動きが止まった。心臓が一際大きく鳴る。


「へ? そうかな? 体調悪い自覚はないんだけど」


顔をぺたぺたと両手で触って確認する振りをする。へらへらと笑った内側では誤魔化すのに必死で、また自分が嫌になった。


「そっか、俺の勘違いかも。みんな移動してるし、双葉も早く用意して体育館来いよ」


大きく頷いて、片手を上げて別れた。教室に着くと誰もいなかった。机の上に置かれた着替えだけが残されている。喧騒が硝子一枚の向こうに消える。教室は水を打ったように静かで、今の私だと言われているようだった。


「私、独りになりたくないよ......」


零れたものが誰かに届くことはなかった。朔良の一言が私の心にシミを作って、その日から消えなくなった。