恋風吹く春、朔月に眠る君



暑くも楽しい今までで一番の夏が終わって、涼しい秋の季節も終わり。次は自分が出番だと言わんばかりに凍える風が吹く冬が間近に来ていた。その頃、嫌な噂が流れた。


「ほら、奥空楓だよ」

「人の彼氏奪ったってやつ?」

「そうそう、よりにもよってプライドの高いあの子の彼氏奪うなんて馬鹿だよねー」


廊下を歩けば嫌でも聞こえてくる。楓が他人の彼氏を奪ったという噂。本人に聞くまでもない。楓はそんなことする人じゃない。気は強いけど、やっていいこととだめなことの違いをしっかり見極めている人だ。何かの間違いなのに、それを証明する方法がないのが悔しい。

これだけことが大きくなったその多くの理由は楓のクラスでも目立つ子の彼氏だったことだろう。みんなの前で楓をヒステリックに責め立てたという話だ。本当に酷い。楓と仲良くしてた人も怯えて近寄らなくなってしまった。

嗚呼、不愉快だ。心の底から湧き上がる苛立ちを抑えないまま、廊下を闊歩する。そして、楓のクラスの扉を遠慮もなく開いた。


「楓ー! 一緒に帰ろ!」


一人で寂しそうに机に座る楓が私の方を見て口をあんぐりとさせた。


「いきなりどうしたの?」

「えっ、今日は楓と帰りたい気分だなあって」

「部活は?」

「何言ってるの? テスト一週間前は部活ないじゃん」


驚きのあまり、頭が回ってないようだ。テスト前の部活がない期間に入ってこれで三日目なのに。こんなに元気がない楓は初めて見たかもしれない。


「ほらほら、鞄持って帰るよ」

「宇津井君はいいの? 折角一緒に帰れるのに」

「今日は良いの。司にも言ってあるし」


私は何も言ってないのに、司が今日は楓と帰っていいって言ってくれたんだ。多分、私の気分が沈んでいることに気付いてくれたんだと思う。いつも、気遣ってもらってだめだなあって思ったけど、今回はその優しさに甘えることにした。

なかなか首を縦に振らない楓の腕を強引に引っ張って教室を出た。楓を責め立てた張本人が睨みつけてきたけど気付いてない振りをした。


「ちょっと双葉、歩きにくいから離して。一緒に帰るから」


階段を下りるあたりで漸く折れた楓の腕を離すと、私の隣を歩いた。暫く、黙って歩いた。学校を出るまで楓は何も喋らなかった。