恋風吹く春、朔月に眠る君



「話が読めないんだけど」

「言ったじゃないですか。昔話を聞いてもらいたいんです」


この調子だと、その昔話を聞かないと何を聞いても無駄に思えた。納得できない気持ちも抱えつつ、『分かった』と零す。すると、空気が引き締まった。自然と姿勢を正して耳を傾ける。


「私が死んでからどれくらい経ったのか、私には分かりません。ただ、気付いた時にはここにいました。そして、唯一の私の話し相手があの桜の木だったんです」


視線の先は窓の向こうだった。いつも話す大きな桜の木のことだろう。


「いつもあの木の傍にいました。中には私のことが視える人もいましたが悟られたくないのか、近寄ってくる人はいませんでした。それでも、私は人の話し相手が欲しいと思ったことは一度もなかったので、あの木と過ごす毎日に何の不満もなく、楽しい日々を過ごしていました」


淡々と語られる日々。人と話さない毎日なんて、私には考えられないけど、それが当たり前だった木花にとって、それは何もおかしなことではなかったんだろう。あの桜の木の下が今も昔も居場所だということが分かる。だから、私が一番最初に見た時も桜の木の下だったのかもしれない。


「何度も春が来ました。それが何度目の春だったのかは分かりません。でも、この美しい桜が咲く季節に新しい先生が来ました。その人が私を見つけ、話しかけたんです。『一人で何をしているんですか』と。その頃の私は生意気でしたからね。話しかけられるのも初めてで、『私は一人ではありません』と言って、隠れてしまいました」

「それが昨日話してた好きな人?」


幸せそうに小さく笑みを浮かべた木花を見て、肯定と受け取った。死んでからだと言ったから、学校以外で木花の姿を見たことがないことを考えると、この学校にいた人だろうということはなんとなく分かっていた。でも、それが先生だったなんて思わなかった。


「もしかして、国語の先生?」

「どうしてそう思うんですか?」

「日本神話とか、小説の話とか詳しいのはそういうことかなあって」

「察しがいいですね。そうです、専攻は古典の先生だったようです。とても生徒から人気の先生でした。それなのに、毎日桜の木の下に来ては私を捜すんです。人と幽霊を間違えている様子でもなかったので、どうして私に構うのかと心の底から鬱陶しかったですね」


容赦のない物言いに苦笑する。でも、鬱陶しかったという顔には笑顔が咲いていた。