恋風吹く春、朔月に眠る君



「それは桜染めのことを知ってるのでしょうね」

「桜染め?」

「染色方法の一つです。その名の通り、桜で染めるんですが、花弁で染めるのではなく、花が咲く前の枝で染めるんです。ほら、散った花弁が踏まれて、地面で茶色くなっているでしょう?

桜の花弁の色は綺麗な色をしていますが、散ってしまえば茶色くなってしまいます。それは元々花弁に色素があるわけではなく、枝の方に色素を貯めているからなんです。

その理由から桜の木の下には死体があって、その血液を吸い上げているから美しいピンク色になるのではないかという俗説があったらしく、その着想を得てその作品はできているのではないかという話があります。きっと、彼はそれを知っているのでしょう」

「すごいね。そんな話があるなんて知らなかった」

「人の人生や生死を桜に準えるお話はたくさんありますからね。日本人の死生観を示す上で、桜は欠かせない存在なのでしょうね」


地面に座り込んだ位置から桜を見上げる。風に揺られて花弁が一枚、私の頬を伝う。服にくっついたそれをそっと手に取った。

木花の言う通り、桜は儚いイメージがある。桜の儚さと人の命の儚さを被せることはよくある話だ。それがこんなに逸話を残してるとは思わなかったけど、言われてみれば納得できる。


「日本神話の木花咲耶姫のことといい、すごく詳しいんだね」


素直に思ったことを口にしただけだった。それなのに、木花はハッとした表情になり、口に手を当て恥ずかしそうに笑った。


「教えてもらったんです」

「それは幽霊になってから?」

「そうです。私によくこのようなお話をしてくださいました」


はにかむように笑う姿は、頬を紅潮させているようにさえ見えた。


「好きな人?」

「ふふっ、自分は言わないのに聞くんですね」


確信を突いたそれに言葉を失ってしまう。木花はこうして気を抜いた瞬間に距離を詰めてくるから心臓に悪い。


「好きでしたよ。『また、会いましょう。でも、もしかしたら今生のお別れになるかもしれません』という言葉だけ残して、随分と経ちました。多分、亡くなったのだと思います。私も死んでいるのですから、少しおかしいですけどね」


遠く懐かしい記憶を思い出すようなその表情は哀愁を帯びていた。きっと、その人との時間は眩しいほどに輝くものだったんだろう。