恋風吹く春、朔月に眠る君



「性格悪い」

「お褒めに預かり光栄です」


全然口で勝てる気がしない。何のダメージも食らっていない様がゲームのラスボスみたいだ。


「いつもの場所へ移動しましょう。桜も随分と咲いて綺麗ですから」


面白いと言っておいて、遠回しに気遣いをしてくれる捻くれ具合に笑みが零れてしまう。木花の優しさは回りくどい。

木花の後を追って、いつもの場所へ向かう。体育館やグラウンドへ向かう人達は一番大きな手前の一本道を行くから、奥まっている皐月の影に座り込んでしまえば注視しないと気付かない。だから、いつの間にか最初に木花を見た学校で一番大きいあの桜の木の下が私達の定位置になっていた。


「ほんと、きれい......」

「この学校で一番綺麗な桜ですよ。それは桜の時期だけを見てきた一番の桜人である私が保証します」

「桜人ってなに?」

「桜を愛でる人のことです。日本語はこの綺麗な桜にまつわる美しい言葉がたくさんありますよ」


確かに、日本語は綺麗な言葉がたくさんあるかもしれない。桜吹雪とか三月のことを別名桜月というのだと朔良が言っていた。


「昔からみんな桜は好きなんだね」


鞄からスマホを取り出して、カメラを起動させた。水色の空をバックに撮ると桜の淡い色がとてもよく映える。


「私ね、木花を見つけた時、桜の木の下には死体が埋まってるって朔良が言ってたの思い出したの。一番大きくて綺麗な桜の木の下にいるから、本当にそうなのかもしれないってちょっと思ったんだよ」

「梶井基次郎の『桜の樹の下には』という作品ですね」

「作品?」

「ええ、短編小説です。とても有名なお話なんですよ。その彼が言ったように『桜の樹の下には屍体が埋まっている』から始まるお話です。それが作品を離れてその比喩だけが独り歩きしてるようですが」


お話だったなんて知らなかった。朔良は肝心なことを言わない。


「でも、残念ですね。私は桜の木の下に埋まる死体ではないですよ。血液を吸われてあの花が綺麗なピンク色をしているわけでもありません」

「血液って朔良も言ってたよ。『あんな禍々しい色した血液なんて猛毒だろうになあ』って」


あの日のことを思い出す。また謎かけみたいなことをと思って、適当に流したんだ。思い返せば思い返すほど、なんでもっと聞いておかなかったんだろうと思う。でも、一度もそれを尋ねたことがないのは、もう一度聞いたとしても言わないことが分かってるから。

あれはきっと気まぐれだった。気まぐれに聞いてほしかったんだと思う。普段なら言わないことを聞いてほしかったはずなのに、私が聞かなかった。タイミングを逃してしまったんだ。