「此処では少々都合が悪いですね。貴女が誰もいないところに向かって独りごとをぶつぶつと呟く頭のおかしな人に見えてしまいますから。あの木の陰の傍で話すのはどうでしょう?」
指さす先には、初めて彼女を見た桜の木の傍の皐月の影だった。この学校の中庭は皐月が沢山植えられている。きっと、この陰に隠れてしまえば、少なくとも怪しまれはしないだろう。
物腰は柔らかいのに、なんとなく人をからかって面白がるような態度が癪に障ったけれど、一応気遣ってくれていることは分かったから言うとおりにした。
「では、もう一度質問しますが、どうして私を探していたんでしょう?」
「あなたのお陰で朔良と話が出来たからお礼を言いに来たの」
見えない人におかしく思われないように、声のトーンを落として目線を合わせないようにして答えた。
視界の端に映る彼女が一瞬だけ目を見開く。それからまた口元に手を当てて笑った。
「おかしな人ですね。良いピアノを聞く為にしたことです。そんなこと、気にしなくて良いのですよ」
「でも、教えてくれたことには変わりないでしょ。その時、その場にいて、朔良の様子に気付いて、私に教えてくれた。それだけのことかもしれないけど、それだけで十分だよ」
「面白い考え方ですね。もしかしたら貴女と仲良くなって騙す為にわざと良いことをしただけかもしれませんよ?」
くすくすと意地悪な笑みを浮かべる彼女は『幽霊は何するか分からないんですから』と付け足した。
「さっき良いピアノを聞く為って言ったじゃない」
「それは嘘を吐きました」
「はあ? ピアノの為じゃないの? じゃあ、なんで」
「だから言ってるじゃないですか。貴女と仲良くなって騙す為です」
堂々巡りの会話が面倒になって溜息を吐いた。この頭痛くなってくる感じ知ってる。朔良と同じ部類の人だ。
「分かった。もう少し用心しろって言いたいんでしょ? 大丈夫だよ。仲良くなって騙す為だなんて最初から言う人、捻くれてはいても騙したりはしない」
「あら、結構言いますね。でも、それだけ買って貰えると嬉しいです」
変な幽霊だ。親切は回りくどくて、口を開けば自分を悪くしか言わないんだから。


