恋風吹く春、朔月に眠る君



「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは。一昨日さ、ふと朔良が言ってたのを思い出してね、明日もあると思ってたものがなくなること、分かってたはずなのに......」

「まだ、なくなったわけじゃないよ」


ずっと、黙っていた朔良が力強く、確信を持ったような声で否定した。それによって、視線は車内に引き戻される。朔良を見ると、スマホの画面を見ていた。


「双葉が木花と出会った日、あの前の日が望月、つまり満月の日だった。この辺りは丁度、桜の開花日でもあった。あれから二週間、今日が朔月。新月だよ、20時に」


スマホの画面を私に見せる。そこにはネットの新月の時間を計算するページが開かれていた。驚いて私は自分の腕時計を見る。19時17分。まだ間に合う。


「今日の雨で桜は流されるだろうね。まるで、木花というその友達のタイムリミットを表すみたいだ」


今日、雨が降る。さっき、駅に向かって歩いていた時は、空に雨雲は見えなくて、雨は降りそうになかった。これが終わりなんて思いたくない。でも、終わりが近いというなら、私は君に会ってちゃんとお別れがしたい。

学校の最寄り駅に着いて、私達は足早に改札を抜ける。私の不安を感じ取ってくれたのだろうか。自然と手を繋いだ。朔良が手を引いてくれたおかげで、涙を堪えることができた。


 本当に、月のない夜だった。月明りに邪魔されることのない星達はとても嬉しそうに煌々と輝いている。私はその中を只管走る。走る。走る。春先の夜はまだ冷たいはずなのに身体はとても熱かった。

息が上がって苦しい。足が重くなっていく。それでも走る以外の選択肢はない。二人で人気のない桜並木道を駆け抜けていく。街灯に照らされ、青白く光る桜の木が昼間に纏う空気と違って、少しだけ怖かった。


 ねえ、私はまだ何も言えてないよ。お願い。もう少しだけ待って欲しい。今年も桜が、もうすぐ終わる。残りの花弁もその身を投げるその前に。君に伝えることがあるから。


「お願いだから間に合って」


心で繰り返していた言葉が息苦しい中で音となる。それに応えるように朔良が繋ぐ手に力が籠った。