恋風吹く春、朔月に眠る君



別れたとは言え自分の娘が亡くなって、そして日があまり経つことなく新しい命があることが分かった。少しくらいその命の中に娘の生まれ変わりなんじゃないかと思ってもおかしくはない気がする。だって、頭が良くてピアノが上手なんて、朔良と同じ。それを感じ取って、朔良は自分を通して見ている存在を確信してしまったとしても、仕方ない。馬鹿なことを言ってしまったと口を噤む。


「この家が出来たのも俺がお腹にいる頃なんだ。その時から防音室を作るなんて変でしょ。小学校受験させようとしたのも義姉の通ってた学校だった。まあ、途中から義姉と比べると劣る上に甘い俺に見かねたのか、途中からピアニストになれとは言われなかったけどね。義姉よりできないとは言え勉強はできる方だから、頭のいい学校に行かせる方が割のいい博打だと思ったんだろうって、父さんの考えそうなことだって、思ってた」


明確に宣言していたわけじゃないけど、昔の朔良はピアノで仕事がしたいと言っていたような気がする。中学の時は何も言わなかったけど、勉強よりはピアノを選ぶんだろうと思ってた。でも、進路選択の時、彼はどちらも選ばなかった。その手紙を読んだことで、朔良は余計にどちらも頑張りたくなくなってしまったのかもしれない。


「元々嫌いだったけど、この人は俺の中に義姉を見ているんだと思うと、勝手なだけじゃなく、義姉の為に俺の存在まで殺したんだなと思った。それがその年の春休みのこと。丁度、梶井基次郎の『桜の樹の下には』という話を読んだばかりだった」

「『桜の樹の下には屍体が埋まっている』から始まるお話だよね」


吃驚した顔の朔良が『読んだの?』と聞く。私は首を振った。


「ううん、友達に話した時に教えてもらった。その話が桜染めと、それによる俗説によって着想を得た話じゃないかってことも」

「へー、物知りな友達がいたんだね。じゃあ、この先のことは予測ができるかな。俺は義姉の魂まで蓄えさせられて、美しいと言われるものに仕立て上げられるんだなあと思った。勝手な思い込みで俺は毒を放り込まれたんだなあって」


桜の木の下に埋められたのは義姉の里桜さん。その桜の名は朔良。自分の中に見られる幻想に皮肉を込めたのがあの言い回しだったってことか。


「でも、それも母さんの前で父さんに聞いてきた。結果として、確かに小さい頃、小学校低学年くらいまでは義姉を重ねてたって謝られた。だけど、『お前はあいつよりできないどころかやらないくせに口だけは達者だから腹が立って目が覚めた』って言われた。酷いよね。父さんが横暴すぎるんだよって感じ」