恋風吹く春、朔月に眠る君



遅めのお昼は朔良の家で、おばさんが用意したパスタを食べた。話したことと言えば、朔良がお父さんのとこへ行ってた二日間の出来事。黙って行くつもりだったのにおばさんは気付いて私も行くって言い出したこと、行ったら今度は観光をするとか言い出したこと、朔良は随分おばさんに振り回されたらしい。その時の顔はげっそりしてた。

でも、私にはおばさんの気持ちがちょっと分かる。すごく心配だったと思うんだ。だって、顔を合わせればいつも言い合いになる2人だもの。朔良は解り合うことを諦めていたのに、突然自分から会いに行くなんて聞いたら驚く。別に仲を取り持つわけじゃないけど、その成長を見届けたかったんじゃないかな。朔良の決意を感じたから、学校よりそっちの方が大事だって思ったんじゃないかな。でも、理解してくれてるって分かってるから朔良もげっそりしても我儘に付き合ってあげたのかもしれない。

兎に角、その話を聞いて私は嬉しくなった。それを思い出してふふっと口許が緩みながら、ピアノと楽譜だけが置かれた部屋で朔良の音楽を聴く。この前聞いたばかりなのに随分と聞いていなかったみたいな気持ちだった。


「今日はなんか、いつもより音が鮮やかだね」

「それは双葉が好きだからだね」


ちょっと褒めただけなのに、当然のようにそういうセリフを言うのを本当にやめてほしい。心臓に悪い。今だって、変な動きで大きな音を立てる心臓が苦しい。


「顔真っ赤だね」


ピアノを止め、顔を見て笑顔で止めを刺された。満足そうにもう一度ピアノに向かう朔良が腹立たしい。拗ねた私は暫く話しかけられても口を利かなかった。そんな意地がどうでも良くなった頃、ふと思い出した。


「そういえばさ、中3になってすぐの頃、突然『桜の木の下には死体が埋まってるって知ってる?』って言ったの覚えてる?」


朔良は此方を見なかった。ピアノに向かう横顔はどこか居心地悪そうに『ああ』と歯切れ悪く頷いた。


「あの時ね、朔良の様子がおかしいなと思ったの。適当に流して聞かなかったこと、すごく後悔した」


音楽が止まる。軽やかに踊っていた手が鍵盤の上で宙ぶらりんになる。


「もう2年も前のこと、よく覚えてたね」

「それが朔良のことが好きなんだって気付くきっかけだったんだよ。私って朔良のことならすぐに変化に気付けるなあって、それは好きだからなんだって気付いたの。でも、そんなことなくても、あの話は覚えてたと思う。言葉にするのは難しいんだけど、なんか変だった」


漸く此方を見た朔良は一瞬驚いたように目を見開いた。