恋風吹く春、朔月に眠る君



「うん、双葉は誰にでも優しい。困ってる人がいたら放っておけない。だから、昔から俺と父さんの間の問題も全部放っておけない。そうして頼れば双葉は一緒にいてくれるって、俺はずっと双葉にそれを選ばせてると思ってた。こんな風にしたら双葉の性格的にきっと俺から離れないと思うことだけを言ってきた。

意気地がなくて弱虫で自信がなかったから、自分が思ってる素直な言葉は全部飲み込んで。だから、双葉にとって俺は幼馴染で、腐れ縁で、友達だけど、それ以上でもそれ以下でもない。双葉にとってそんなに特別じゃない数ある友達の一人って気付いた時、離れていくと思ってた。だから、頼るくせに、肝心なことは言わなかった」


思わず首を振った。違う。違うんだよ。私は優しくなんかない。


「朔良が私に対して優しいと感じていたのなら、それはそんな立派なものじゃないよ。ただ単に、世話焼きな幼馴染でしか心配して傍にいられなかっただけ。朔良は私の助けなんて要らない。朔良は強いから。いつかちゃんとお父さんと話をつけて、1人でもなんとかして、どこか遠いところへ行ってしまうと思ってたのは私の方だよ」


なぜか、目が熱くなって、涙が零れそうになる。今までずっと思ってたこと、口にしなかったこと、全部溢れてくるみたいだ。


「朔良は自分が気付いてないだけで、強いよ。だって、あんなに嫌ってたのに無理やり行かせられてた塾は全部行ってたでしょ。意地だったのかもしれないけど、朔良はやることちゃんとやってたよ。だから、あれだけやめろって言われたピアノを今も朔良は続けているし、高校も好きなところに行ってるんだよ。朔良のお父さんは分かってくれてるよ」


一生懸命伝えたはずなのに、朔良は浮かばない顔をしていた。嬉しいとも苦しいとも言えるような曖昧な笑みは見たことがなかった。


「双葉は優しいなあ。そうやって、いつも俺を肯定してくれる。絶対に否定しない。そういうところがすごく好きだよ。だけど、同時に俺は自分の情けなさを痛感して苦しかった。双葉の所為じゃないよ。でも、ありがとうって言いながら、双葉が言うような人には到底及ばないと思ってた。俺にとってその無邪気な肯定は眩しすぎた」


衝撃的だった。頭を殴られた後みたいに目がチカチカした。開いた口から空気だけが零れる。なにも、言えなかった。