恋風吹く春、朔月に眠る君



「うん。後で杏子と一緒に朔良の家に行くことになってるんだけど......ほんとに大丈夫かな......」

「難しいですね。早く仲直りできると良いのですが」

「いつも心配してくれてありがとう」

「いえいえ、これは私のエゴみたいなものです。自分が上手くいかなかったから、貴女には上手くいってほしいと思ってしまうんです」


上手くいかなかったというのは、木花が好きだった国語の先生のことだろうか。また会いましょう。でも、今生のお別れになるかもしれません。そう言って、会えなかったんだよね。


「私、あの人と別れる前に、喧嘩してしまったんです。謝れないまま、時が過ぎてしまいました」

「えっ、でも......」


全部言わなくても分かったのか、木花は困ったように笑った。


「そういう手紙を遺していなくなったんです。狡いでしょう?」

「そんな......」

「タイミングって難しいですね。双葉さんは彼と今すぐ二度と会えないなんてことは確率的に低いですけど、それぞれの想いを知るのも、伝えるのも、タイミングが合わないとすれ違ったまま、時が過ぎることも、あるんですね」


木花の声はとても寂しさに溢れた色をしていた。


「双葉さんは逃したりしないでくださいね」

「ふふっ、強い味方がいっぱいるから大丈夫」

「ええ、私も此処で祈っています。求め続けていれば、いつか願いは叶うとあの人も言ってましたから、きっと、大丈夫ですよ」


私と朔良を重ね合わせていたなんて、それはそれで木花は苦しかったかもしれない。そうして応援してくれる木花は優しい。別の話に移ってもなんとなく私たちの空気は雨を抱えた雲のように影を落としていた。


「では、私はそろそろお暇しますね。お友達も帰ってきそうですし」


え? と言おうとした声は空気の中に静かに溶けた。リノリウムの床を蹴る音がする。誰かが走っているんだ。これが杏子なのかもしれない。


「ありがとう、励ましてくれて。またね」


去り際の彼女に声を掛けると、立ち止まって振り返った。にっこりと笑う。


「どう致しまして。さようなら」


数回手を振ると、透明になって消えていった。丁度良く杏子が飛び込んでくる。