手を振る木花を背に向けて、教室を出た。そこからは昇降口まで走る。早く、早く、と急ぐ気持ちが止まらない。
『もし上手くいかなくても、私がまた聞きましょう。上手く仲直りできれば一緒に喜びましょう』
あんなにどんな顔していいか分からなかったのに、それだけの言葉で救われた。木花がくれたたくさんの言葉が胸の中できらきらとパワーを持って輝いているうちに頑張りたい。挫けてずるずると引き延ばしたりしないように。
靴箱から取り出した靴を乱暴に地面に置いた。それを急いで履いて、校門まで出る。風がぶわりと吹いて、桜が舞う。ひらひらと舞うそれはとても美しいけれど、終わりも近づいていることを示していた。
「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」
今は美しく満開に咲き誇る桜が明日もあるとは限らない。嵐が吹けば桜は一瞬にして散ってしまう。人生も同じで明日も自分が生きているとは限らない。今を一瞬、一瞬、大切にして生きていこう。
浄土宗の宗祖、親鸞の歌だ。私は和歌には全く詳しくないのだが、朔良が教えてくれたのを唐突に思い出した。朔良は難しい言葉をよく知っている。なんでも私に聞かせて話すけど、勉強が好きではない私はその話の殆どを忘れる。
でも、親鸞と言う名は日本史を勉強すれば嫌と言うほど出てくるおかげで覚えていた数少ない歌の一つだ。今の時代に明日死ぬかもしれないという感覚は病気でもしない限り薄いし、昔の人の言葉は難しくてちんぷんかんぷんだけど、今なら少しだけ気持ちが分かるかもしれない。
私達はいつも明日あるか分からない未来をあると信じて生きていけることの幸せを知らない。それは未来だけじゃなくて、私たちは生まれてきた瞬間から、たくさんのものを得て、たくさんのものを失って、前へ進んでいくんだ。
私はまだ杏子も朔良も失いたくない。大切にしていても失くしてしまうこともあるけれど、それでも失くしてしまいたくないものは大切にしなければ。
桜並木を横目に走る。ひらひらと舞い落ちるこの桜も明日には散ってしまうのかもしれない。だとすれば、本当は最初からやるべきことなんて決まっていた。
大袈裟かもしれないけど、私はそれくらい二人が大切なんだ。それを解ってもらうにはどうしたらいいだろう。学校の最寄り駅に着くまでずっと考えていた。


