くしゃりと歪む蒼井の顔。以前、神谷が打ち明けてくれた話が脳裏を過ぎる。医者の家系として、将来を有望視された兄と、何も求められなかった自分。本当は同じ道を進みたかったと、確か彼女はそう言っていた。

『彼氏つくって勉強することから逃避してみたり。そんなことして逃げてたら、夏が怒らないわけないよね』

 苦いものを吐き出すような顔をしていた。けど、本当にただ逃げるためだけに神谷は蒼井と付き合っていたのだろうか。

「なあ、蒼井。ちゃんと言ってあげたら? それ。別れた時は、もしかしたら感情的になってうまく伝わらなかったかもしれないけど。今なら、正しく伝わるんじゃないの」

「……会長に何が分かるんですか」

「ふふ、ごめん。俺、人の気持ちとか察したり考えたりするの、凄い苦手だから。本当は今でも、多分全部は理解出来てないんだと思う。けどさ、そんな俺にも分かるように一生懸命教えてくれた子がいるから」