それは、
一冊の文庫本。
白を基調とした表紙。
その表紙に並ぶタイトルには、確かに見覚えがあった。
その、タイトルは……私がさっきまで読んでいた単行本のものと、同じだったから。
私の愛読書の、文庫版。
「春瀬君にとって、大切なものらしいですよ」
驚き固まる私に、彼女はほんの少し笑う。
「前にわたし、春瀬君に言ったんです。
“その本、好きなんだね”って。
───少しでも、知りたいんだそうです。
この本が好きなひとが、どんなことを考えて、どんなことを思っているのか。
……ばかみたいだけどって、笑ってました。」
知らなかった。彼が、この本を読んでいたなんて。
春瀬はそんなこと、一言だって言っていなかった。
新しい本に出会う度、その感想を嬉々として私に語る彼が。
しかもこの本は彼が以前苦手だと言っていた、いわゆる“恋愛小説”というもので。
私は手元の文庫本を見つめた。
表紙や、ページの端がすっかりヨレてしまっている。
そのくらい、何度も何度も読み直していたのだろう。
苦手だって、言ってたのに。



