「赤野は?どこだっ」
 課に戻るなり、大神は声を荒くした。

「あれぇ、課長。随分と遅かったんですね」
 入り口近くを歩いていた若い技師が、ずれた返事を返した。

 技術採用の多いこの課には、わりとのんびりした人のイイ奴が多い。

 普段の大神はその気風を歓迎していたが、今日みたいな場合には、酷く神経を逆撫でされる。

 大神は、彼に思いっきり食ってかかった。

「平岡ぁ…
 俺は彼女はどこかと聞いたんだ。同僚の居場所くらい把握してないのか」

「ええっ、そんな無茶苦茶な…
 えーっとえーっと…
 赤野さんは…朝からどこかに行っちゃって、それ以来見てないから……
 あれ?そういえば、課長と一緒だったような…」  

「…もういい」
「え~、そんなぁ」

 懸命に思い出そうとしていた平岡は泣きそうな声を出した。
 あからさまに不機嫌に足を踏み鳴らし、大股にデスクに向かうと、どっかと腰を下ろした。


_ちっ、アイツ…
 どこで油を売ってやがる_


そのすぐ後。

「あら課長、あれは…」

 黙って様子を伺っていた水野女史が、入り口を指差した。
 扉が開くと同時に、課内にザワッとどよめきが起こる。
 
 コツコツコツ…

(お、おい、松嶋さんだぞ)
(うっわ~、キレ~だなあ。初めて間近でみた)

 男どもの、食い入るような視線を当然のように身に纏い、社長第一秘書、松嶋七緒は脇目も振らずにやってくる。
 彼女は、大神のデスクの前でピタリと止まると、ニコリと大神に微笑んだ。