「も、申し訳ありません!私退職…」
「そうだ、こうしよう!君」

 燈子と社長は、ほぼ同時に顔を上げた。

 燈子が言い切るより先に、社長はすかさず燈子の手を握り締める。

「逃げてしまった彼女の代わりに」
「ひゃんっ」

 その手を身体ごと引寄せると、深い声で耳に囁く。

「今夜の食事。
君に付き合ってもらおうか」

「へ?」

えええええっ?

「しし、しゃ、社長、それはどういう…」

 社長は、のんびりと笑うと燈子からスッと身体を離す。

「いやね?
 実は今夜、彼女を誘うつもりでレストランを予約してたんだけど。
 君のせいで、どうやらキャンセルになりそうだからね」

「いや、じゃなくてその……
私、クビでは?」

「はっはっは、何をバカな。
機密を盗もうとでもしたのなら、話は別だがね。
赤野君」

 彼は再び、燈子に一歩踏み込んだ。然り気無く肩を抱き寄せる。

「女性に押し倒されたのは初めてだ。あの瞬間、私は君に心を奪われてしまったのだから。…断ることは赦さないよ?」
 
「し、社長?」

 蕩けるような彼の笑顔に、燈子は思わず、夢見心地で頷いた。

 こんな素敵なオジサマと……だなんて。
 一体、どんなロマンチックな夜になるんだろう。

 燈子の妄想が膨らみまくっていた時だ。

 
「しかし」

 社長は、燈子の頭のてっぺんから爪先までをまじまじと見ると、小さく溜め息を吐いた。

「それじゃあね…」

「う……ハイ」

 燈子は、いかにもバーゲン品の黒のタイトスカートに、これまた50%オフのブラウスの裾を、ごそごそと入れ直した。