敦史なんかここにはいないのに。
どこにもいないのに。
会って文句を言う勇気もないのに。


彼との思い出を全て消去して、無かったことにするはずだったのに。


全然出来てない。
なにも変わっていない。


去年の秋から、ずっと。








「佑梨」


静かに、弘人が私の名前を呼んだ。
返事をしたいけど、出来なくて。
顔をうつむかせたまま泣き続けた。


「下心は無いから、抱きしめてもいい?」


その言葉を聞いて、私は即座にうなずいてしまった。


体を包み込むように、弘人の温かい手が私を抱いた。
彼の肩に顔をうずめながら、なんてあったいんだろう、と頭の片隅で思った。


人の手って、人の体って、こんなにあったかいんだ。
寂しいときに抱きしめてもらうと、こんなに心が安らぐんだ。
知らなかったな。


あぁ、そうじゃない。


弘人も私と同じなんだ。
だからこの気持ちが切ないほど分かるんだ。
今、私がどうしてほしいのか、どんな言葉をかけてほしいのか。
感覚で分かるんだね。







心なしか震えている弘人の手。


そして耳元に聞こえた。


私に気づかれないように、そっとそっと静かに泣いている音。