「なんとな~く寂しくなって、とりあえず試しに会いたいって言ったら来るかどうか実践したって感じでしょ?」


笑いながら弘人が身をかがめて私の顔を覗き込んでくる。
すると、彼の顔から笑みが消えた。


「ここで泣いちゃダメだよ、佑梨」


彼に言われて初めて気がついた。
私は泣いていたらしい。


たとえ偽物の恋人だとしても。
恋人になれば、こんな風に敦史が会いに来てくれたんだ。
恋人になれば、寂しいときに心を満たしてくれるんだ。
恋人になれば、ワガママを言ってもいいんだ。


それが痛いくらいに分かって、どんなに寂しくてもどんなに悲しくても出なかった涙が、今さら溢れ出てきた。


「1度でいいから、会いに来てほしかった」


絞り出すように弘人につぶやく。
正確には、弘人ではなく敦史に伝えたいことを口にした。


「すぐに会いに来てくれたら、嫌いにならなくて済んだのに……。あんなに好きだった人を、嫌いにならなくて済んだのに……」


涙で滲む弘人の顔が、初めて見る表情へ変わった。
切なくてやるせない目をして、唇を真っ直ぐに結んでこちらを見ている。


「私の17年を返して」


きっと私の顔は涙でぐちゃぐちゃで、見るも無惨なものになっているんだろう。
でも、もうそんなのどうでもいい。


私は無様なんだ。最初から。
無様で独りよがりで、2番目でも彼に愛されるならそれでもいいとプライドを捨てた女なんだ。
それで満足していた17年だったんだ。
愚かだと気づくまでにこんなにも時間がかかってしまったんだ。


玄関マットの上に崩れるように座り込み、両手で顔を覆って泣いた。


「返してよ、敦史……」