満たされない想いを抱えて、もう叶うことの無い気持ちを消し去ろうとしている。
そんなに敏感な方じゃないけど、何故か彼の心が読み取れた。
それは私と同じだからだ。


好きな人がいた。
だけどその人とは『恋人』にはなれなかった。
きっとそうだ。


でも、詳しくは聞かない。
私も敦史のことは彼に聞かれていないし、お互いの触れられたくない部分だってことは重々承知している。


いつも飄々としていて、つかみどころのない人だと思っていた弘人。
でもあんなに優しくて温かいキスをくれる人だったんだ。


あの優しい手で、好きな人に触れていたんだ……。






あの日以来、連絡が途絶えた弘人のことを思い出す時間が確実に増えてしまって、私は一体何がしたいんだろうと自問自答していた。


キスをしたからといってその人のことが気になってしまうなんて、そんなの恋とは言えない。


だけど皮肉なことに、浅野さんにキスされた嫌な出来事は弘人によってうまい具合に消されて、それはそれでありがたかった。


私ってなんて単純なんだろう。
そして、なんて浅はかなんだろう。