手紙に視線を落としたままぼんやりとしていたら、タイミングがいいのか悪いのか携帯が鳴った。
ポケットに入れていた携帯を取り出して画面を見て驚く。
どこかで俺のことを見ているんじゃないのかと疑ってしまった。


『着信 尾野沙織』


いや、沙織はそういう人だったな。
いつもタイミングを見計らったように、俺が彼女を思い出すときにちょうどよく電話をくれていた。
「会いたい」と甘えたような声を出して。


さすがに決別しないと、と思い切って電話に出た。


「はい」

『…………弘人?』


5ヶ月振りに聞いた彼女の声は相変わらず柔らかくて、電話で聞くとくすぐったい。
でも、不思議なくらい俺は落ち着いていた。


「何か用?」

『あ…………、電話に出てくれてありがとう』

「手紙、今日届いたよ」


沙織は電話の向こうで嬉しそうな声を出していた。
よかった、読んでくれたのね、と。
そして続けざまにこう言った。


『11月13日に結婚式を挙げることが決まったの。それを伝えたくて』


持っていた手紙が、するっと指を通り抜けてフローリングの床に落ちる。
何か言葉を発したいのにすぐには反応出来なくて、息を飲むしか出来なかった。


『ねぇ、弘人……。出席してくれる?圭も弘人には来てほしいって言うの』


おそるおそる言い出してきた沙織の言葉を聞きながら、表しようのない感情が沸き上がるのを必死に堪えた。