一人暮らしのアパートに沙織からの手紙が届いたのは、見合い話を持ちかけられてから10日ほどあとだった。


朝から晩まで重い荷物を運び続けて疲れて帰って来たその日、郵便受けに挟まる広告の間から淡いピンク色の封筒が足元に落ちた。
綺麗な文字で「望月弘人様」と大きく書いてあり、裏返すと「尾野沙織」という差出人の名前を確認できた。


電話に出ないから手紙にしたってことか。


ベッドに腰かけて封筒を開くと、幾度となく目にしてきた沙織の小さくて細い文字が便箋の上に連なっていた。


『電話に出てほしい』

『話がしたい』

『会いたいって言わないから』

『弘人、お願い』

『こんな私を許して』


彼女の切実な思いの丈が、2枚の便箋に綴られている。


俺との思い出話だけじゃなく、彼女がこれまで愛してきたあの人への想いも書き込まれていて。
読んでいてげんなりした。


なんで俺はこんな女を好きになったんだろう。
端から聞いたら、完全に間違った選択をしたと思うはずだ。
愛する男がいながら俺にすがりついてくるこの女の手を、俺は振りほどけなかった。
利用されているだけだと分かっていても。


しかもどうやら彼女は、俺に「会いたい」と言ったら簡単に会いに来てくれると思ってるんだ、いまだに。


だから電話にも出たくなかった。