ただ、自分でも少し驚いたことがあった。


彼に触れられた瞬間、浅野さんに抱いた嫌悪感を彼にも感じるかもと危惧していた。
だけどそれは違っていたのだ。


弘人の手は優しくて、ほんの一瞬だけど「もっと触れてほしい」と思いそうになってしまった。
敦史以外にそう思える人がいるなんてびっくりした。


見つめ合う2人きりの空間なのに、こんなに近い距離にいる弘人が私に見えた。
鏡を見ているようだった。
なんとなく寂しそうな目をしていることに気がついた。


ねぇ、まさか。
あなたも私と一緒なの?


だから私の気持ちが手に取るように分かるの?


こんなに近くで顔を見なかったら気づかなかったかもしれない。
彼の、彼自身が押し殺して消している複雑な恋愛事情。


それなら共有しよう。
私と、あなたで━━━━━。




唇を重ね合わせた。












「嘘つき」


何度かキスをしたあと私がそうつぶやくと、彼は目を伏せて微笑んだ。


「嘘つきはお互い様でしょ」と。


そうだね。
私たちは同じ嘘をついているんだ。





忘れられない人がいる。