運転席のドリンクホルダーにペットボトルのミネラルウォーターがあることに気づいた私は、それを指差して


「そのお水、少しもらってもいい?」


とお願いしてみる。
弘人は「どうぞ」と、飲みかけらしい半分ほど減ったミネラルウォーターを差し出してきた。


そのお水をさっきのハンカチに染み込ませて、もう一度唇をこすって拭った。
私の必死な行為に、彼が同情じみた声をかけてくる。


「……よっぽど嫌だったんだね」

「無かったことにするの、あれは」

「そんなの無理でしょ」

「だって抵抗出来なかったんだもん」

「隙を見せたのは佑梨なんだから、自分が悪いんだよ」

「そんなこと言われなくても分かってる」


刺々しい物言いになってしまい、悔しくなって顔をうつむかせる。
吉川さんと選んだ白いスカートが暗闇で映えて見える。それが余計に心を虚しくさせた。


私が黙ったままうつむいていると、弘人が静かにつぶやいた。


「合コンで確かめようとしたんでしょ」

「………………え?」

「恋のはじめ方を確かめようとしたんじゃないの?」


思わぬ言葉に、うつむかせていた顔を上げる。
信号待ちで停車している暗い車内で、弘人は私を見ていた。温かくも冷たくもない、そんな目で。