ねぇ、もう帰れないよ。
ううん、もう戻れない。


私があの日、勇気を振り絞って敦史に言った言葉を思い出す。


木枯らしが吹く中で、薄紫色のストールに顔を埋めながら彼に電話で初めて伝えた、「会いたい」。


17年もの間、彼を好きで。
彼だけを想い続けて。
他の誰も愛することなく、敦史のことだけを考えてきた17年間。


1度も自分からワガママを言うことはしなかった私が、彼に『結婚したい人がいる』と聞いて、激しい嫉妬心に駆られた。
そのどうにもならない感情を、文句を言うとか彼の頬に平手打ちのひとつでも食らわしてやるとか、そういうことで消化できるとも思えなくて。


だったら最後にワガママを聞いて、と言ったのだ。


「会いたい」
「今すぐ会いたい」
「お願い、会いに来て」


矢継ぎ早に伝えた、私のありったけの勇気。


それを、彼は一言で切り捨てた。


『無理』










その瞬間、私はもうダメだと思った。
彼と会うのはもうよそう、と。


このままじゃ、私は一生彼に取りついたまま離れない生き霊みたいな存在になってしまう。
彼が結婚したいとまで思った相手の琴美さんを傷つけてしまうことになる、と。


だから、私は彼の前から消えた。


━━━━━サヨナラも告げずに。