確かに一人暮らしを始めてから半年以上、実家のマンションには帰っていない。
近くを通りかかったりすることさえしていない。
一人暮らしのアパートに両親が遊びに来たり、3人でちょっと高級なレストランに食事に行ったりもする。
転勤で四国へ行っている兄は3年前に結婚して、子供も1人いる。
兄を含めて、家族の関係は良好な方だ。


私はただただあのマンションに帰りたくないのだ。


もしかしたら、敦史に会ってしまうかもしれないから。
仮に偶然会ってしまったら、きっとまた彼に誘われる。
そして、私は誘われるままに彼に堕ちていく。


そんなの、もう虚しいだけだ。
結婚という最後の砦を築き上げた敦史の懐で、もう眠ることは出来ない。
彼の自慢の奥さんの琴美さんにも申し訳ない。


こんな事にさえなっていなければ、私だって実家を出て一人暮らしを始めたりはしなかった。
優しくてちょっと抜けている父と、パタパタ走り回ってグイグイ突っ込んでくる母と、楽しく暮らしていたはずなんだ。


『佑梨?』


私がボーッとして返事をしないでいたから、少し心配そうな母の声が聞こえてハッとした。


「あ、ごめん……。夏のボーナス入ったらさ、3人で温泉にでも行こうよ。奮発するから」

『いいね〜、お父さん喜ぶわよ。じゃあ、時間が出来たら帰ってくるのよ?いいわね?』

「うん……」


帰れないよ、と心の中でつぶやきながらうなずいた。