* * *

「ただいまぁー。」
「綾乃ちゃんおかえり!」
「うん、ただいま。あ、昼間はごめんね。」
「ううん、全然。今すぐは無理だけど、ちゃんと綾乃ちゃんと結婚する気、あるからね。」
「…はは、ありがと。でも健人には重い話だよね、ほんと。あたしも21の頃結婚なんて考えてなかったし。」
「21の綾乃ちゃんに結婚考えてもらってたら困るし。重くないよ。そろそろ現実になりそうだなーって思ってたところだから。」
「え?」

 ほら、この顔。健人のこんな顔は、時々知っていた。でも、こんなに一日に何度も現れるほどのものだっただろうか。

「ねぇ、健人。もしかして熱ある?」
「え、熱?ないよ!元気!」
「じゃあなんでそんな顔?」
「そんな顔とはどんな顔?」
「…なんか、可愛くない。…可愛いというよりは、かっこいい。どうしたの?」
「え、かっこいいじゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、…なんか、よくわからない。」

 可愛い健人を目の前にすれば、余裕は綾乃の方にある。しかし、かっこいい健人を目の前にすると、余裕は健人にある。それがなんだかむずむずする。

「…何も変わってないと思うんだけどなぁ…何か違う?」
「わかんない。でも、顔は違う。今日のお昼も、なんか余裕があった。」
「あぁ…それは頑張ってただけだよ。余裕があるように見えるように。でも余裕があったように見えてたなら、その頑張りは無駄じゃなかったね。大成功!」

 そうやってくしゃっと笑えば、可愛い健人。それを見ればほっとする。
 すっと伸びてきた腕が綾乃を抱き寄せた。

「就職決まったら、結婚したいなって思ってたんだ。ようやく綾乃ちゃんと同じ身分にたどり着けるから。」

 声色に、ぞくっとした。健人はこんな声で話したりしない。声変わりなんてとっくに終わっているはずなのに、なんだこの声は。妙な色気まで身に付けてしまったようだ。

「綾乃ちゃん?どうしたの?顔が赤い…。」
「健人のせい!」

 綾乃は思わず健人を突き飛ばした。

「え!?な、なんで!?」
「着替える!」
「綾乃ちゃーん!」