「はっ、今何時!?」
時間が経ち、はっと悠太が起きた。
「へ?あぁ……えと、今は2時20分…かな」
ぽかぽか陽気の中、寝ていない私は、少々眠い。
「会場まであと10分か。って、千代眠いの?」
「ね、眠くない……!」
謎の強がり
「嘘だ〜。目、眠そうだよ?」
恥ずかしくて…ちょっとだけドキドキして、眠れなかったなんて、口が裂けても言えない。
「そ、そろそろ行かなくちゃだよ」
「あ、話逸らした」
「……か、髪、跳ねてるよ?」
「え、どこ!?」
「ちょっとジッとして」
悠太の左髪に手を伸ばし、跳ねた髪を直した。
「うわぁ、何かくすぐったい……」
「我慢して」
「……ねぇ、千代はさ、僕とこんな至近距離にいて、ドキドキとかしないの?」
ドキドキって……そんなの意識したことないかも
確かに今こうしていると、悠太との距離は近いと意識せざるを得ない。
意識しちゃうと……なんだかダメだ
緊張しちゃって、動きが止まっちゃう
さっきだって、あの女の子が私達のことをカップルなんて言うから……
でも、幼なじみだし、私達は昔から仲は良い方だし、この位の距離はどうってことないんだけどな……
なんだろう
私は、何を思えば正解?
自分で自分が分からなくなった。
「……」
なんて答えたらいいのか分からなくて、無言になってしまった。
「ドキドキなんてしない……か。そうだよね、この位、僕達の間柄じゃ普通だもんね」
あぁ、どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?
悠太の悲しげな表情を見て、胸が締め付けられた。
髪から手を退けると、悠太は「行こっか」と言って、私の手を引いた。
コンサートホールに着くと、ホール内にはお洒落な格好をした男性が、女性をエスコートしている姿が沢山あった。
なんだか、輝いている。
「凄いね……。今日のコンサートって、世界的に有名なバイオリニストとピアニストの演奏なんだよね。やっぱりそれだけあって、お客さんもなんだか凄そう……」
あ、あの人って、テレビで見たことあるような……
うちの事務所ではないみたいだけど
うちの事務所の人とは、大体は顔見知りだ。
「千代、ん」
悠太が手を差し出して、エスコートアピールをした。
こういう場だし、空気を読んで腕を組んだほうがいいよね
今はもう、さっきみたいな悲しげな表情は面影を見せない。
良かった
そう安堵して、私は悠太の腕に自分の腕を絡めた。
分厚い二重構造の扉を抜け、2階の指定席に座る。
ステージがよく見える席だ。
開演時間になると、場内にブザー音が響き、各場所の扉と非常口と書かれた電灯が消された。
降りた幕がはけ、ステージ上にスポットライトが当たる。
そのスポットライトの下には、黒の衣装を身にまとった男性が、バイオリンを構えている。
その横で、グランドピアノに手を置くブルーのスタイリッシュなドレスを身にまとった女性。
あの女性のを見るのは初めてだけど、バイオリンを構えている男性には見覚えがある。
「……お兄ちゃん」
チケットには出演者が書いていなかった。
入口でチケットと引き換えで貰ったパンフレットを、暗がりの中急いでめくり、出演者欄を見た。
そこには、確かに羽柴伊津希という名前と、顔写真が載っていた。
「ねぇ、千代……」
伊津希お兄ちゃんに、悠太も気づいたようだ。
私は大きく頷いて、悠太を見た。
帰ってきたんだ、伊津希お兄ちゃんが……


