江神 蒼は朝日に照らされ眩しく目が覚めた。
江神は眠たい目を擦りながらベットを出た。
ベットサイドに置かれた携帯を取ると、いつものようにアラームを解除した。
江神は決まってアラームが鳴る前に目が覚めた。
キッチンでコーヒーメーカーのスイッチを入れ、シャワー室に向かった。
朝起きて熱いシャワーを浴びるのが至福の時間の一つだった。

江神は32歳という若さで一流商社で役職に就き、高級な服に身をまとい、良い物を食べ、良い車を走らせ、良い女で遊ぶ、自分以外に良い男は居ないだろうと本気で思ってるような人間だ。
実際、彼を慕う男性部下は居ない。
だが、仕事は完璧で失敗をしたことがなく、いつも上の人間が喜ぶ結果を出せる人間だった。
完璧主義で、他人にも厳しいが自分にも厳しい人間だった為、彼を悪く言う人間は居なかった。
言っても勝ち目がない事をわかっていたからだ。
一方、女性達には人気があり言葉の通り『掃いて捨てる程』寄って来る女が居た。
江神は顔も中性的で整っていて、身長もモデルの様に高くスラッと伸びた長い足が印象的だった。
その為か学生の頃からチラホラされて生きて来た。
江神は女性にも、つるむ友人にも妥協する事はなく、自分の持っているモノに見合うだけの人間を選んだ。
それらに見合わなかった人間を、密かに見下しているような人間だった。

いつもの時間に家を出て地下にある駐車場に行くと、高級車に乗り込みエンジンをかけた。
アクセルを踏むと、いつもと違う。
車を降りて見ると、後輪のタイヤがパンクしていた。
よく見ると何か鋭利な物で刺されたような裂け目があった。
「チッ…なんだよ。」
江神は面倒くさそうに携帯を出すと、警察に電話をした。
渋滞に巻き込まれたくない江神は、早く家を出てた為仕事までには十分な時間あった。
警察が来て一通りの手続きを済ませると、外に出てタクシーを拾った。
会社には出勤時間ギリギリだった。
警察とのやりとりに思ったより時間を取られ、案の定渋滞にはまった江神は途中でタクシーを降り、走って会社に向かった。
「江神、今日はやけに遅いじゃないか?!」
上司に声をかけられ江神は、事情を話した。
「なんだ…そんな事なら休んでよかったんだぞ。」
「いえ、残ってる案件もあったので…。」
「そっか…まぁなんかあれば、いつでも言ってきたらいい。」
「はい、ありがとうございます。」
軽く頭を下げると江神は、自分のデスクに戻った。
「はい。」
そう言って目の前に淹れたての良い香りのコーヒーが置かれた。
「おはようございます。朝から大変だったんですね。」
心配そうな表情を見せ、木嶋 瑠奈は江神を見た。
「なんだ…聞いてたのか。」
江神は面倒くさそうに顔を歪めた。
「そんな顔しないでください。男前が台無しですよ。」
「コーヒーありがとう。もう仕事に戻って。」
木嶋 瑠奈は6年前に、付き合った女だった。
その頃の瑠奈は二十歳になったばかりで、自分につりあう程の容姿を兼ね備えていた。
けれど付き合ってみると、嫉妬深くお節介な所があった瑠奈を、面倒くさくなった江神は半年程であっさり捨てた。
結婚も視野に入れていた瑠奈は、泣いて縋り付いたが、それを受け入れることはなかった。
それどころか、面倒くさい思いは一層強くなり、江神は離れた。
なのにこの春、中途採用の新入社員として瑠奈が入って来た。
今現在、特定の女は居ない。
そこに付け入られる気がしてならなかった。
実際こうやってマメにコーヒーを淹れて持って来る。
しかも決まって江神が席に着いたと同時に…。
見計らって持って来てると思うと、江神は気持ち悪くて仕方がなかった。
なので自然と瑠奈には冷たい態度になった。
初めは自分の思い過ごしだと思おうともした。
ただの上司への気配りだと…。
けれど、毎日の様に仕事の後食事に誘われる。
瑠奈の言動は、どれを取っても自分への好意によるものだと思うようになった。