「……猫?」

「そう、猫。雨っていうんだ。ぼくが勝手に呼んでるんだけどね」

「変な名前」


にゃー。
紫陽花の影で雨宿りする猫の雨は、私達を見上げて、小さく鳴いた。


「知ってる? こういう柔らかい細かい霧雨の事を猫毛雨って言うんだよ」


『猫毛雨』

柔らかな猫のビロードのような毛皮と、空から降る霧のように小さな雨粒。
不思議な言葉の響きに、きゅっ、と心臓が掴まれたような気がした。

「いい名前でしょ?」

私が素直にうなずくと、男の子は嬉しそうに笑った。

「ぼくの名前はユウ」



――ユウ。


柔らかくて優しい雰囲気の彼に、ぴったりの名前だと思った。

「私は……」

「知ってる。あかりちゃんでしょ?」

どうして、私の名前を知ってるの?

そう問いかけようとした時、廊下に遠くから足音が響いた。

「あ、看護師さんの見回りだ。じゃあ、ぼくは行くね」



ユウはふわりと笑うと、足音もたてずに暗い階段の方へと消えていった。

にゃー。

外で小さく、雨が鳴いた。