「霧子」
5メートルほど離れたまま動けない私に、悠は笑顔で話しかける。
「囚われのお姫様を迎えにきたよ!」
「迎えに……?」
とくんとくんと、痛いくらいに胸が鳴る。
「初めて会った時、言っていたじゃない。『連れて逃げて』って」
そう言われて、あの夜のことを思い出す。
そうだ。あの日から、すべてが始まった。
「俺、あの時から本当に霧子のことが気になっていたんだ。もう一度会って、すぐに好きになった」
好き……。
通行人がちらちらとこちらを見ているけど、それを気にする余裕もない。
「でも、霧子には婚約者がいた。あの夜のことは一時の気の迷いで……結婚して幸せになれるなら、その方がいいと思って、色々我慢してた。でも、このままじゃ霧子は幸せになれない。そう確信したら、もう我慢できなくて」
いつの間にか、悠の顔から笑みが消えていた。
その目は真っ直ぐに私を見ていた。



