「に、逃げるぞ!」
篤志さんがなんとか立ち上がり、今カノさんの手を取る。
「どっちだ?」
また、どちらかの男が言った。
どっちだって、どういうこと?
アパートの壁を背にして震えていると、二人の敵の一人が、今カノさんの方を向いた。
もしかして、彼女が総理の娘……つまり私だと、勘違いされている?
そう思われても無理はない。婚約者であるはずの篤志さんが、大事そうに手を繋いでいるんだもの。
暗いから、余計にわかりづらいんだろう。
「こ、こっちよ! 藤沢霧子は、私です!」
気づけば、私は小学生のように勢いよく挙手をして叫んでいた。
その瞬間、首元から母にもらったネックレスが、アパートの小さな照明に反射され、光った。
「それを渡せ」
二人は顔を見合わせてうなずくと、そう言いながらこちらに近づいてくる。
しまった。こっちに気を引かせたはいいけど、どうやって切り抜けるのか、何も考えていなかった。



