「少しずつ好きになればいい」
わかってるよ。だから、あんたの口からそんなこと言わないで。お願いだから。泣いてしまうから……。
「たまには良いことを言うじゃないか」
篤志さんも意外そうな顔で、悠を見る。
「じゃあ、そういうわけで……霧子、僕と君の新しい門出だ。これからよろしく」
勝手に話にけりをつけられた瞬間、仲居さんが次の料理を運んでくる。
冷えたお吸い物が下げられていくのを、私はぼんやりと見ていた。
どうして?
どうしてなの、悠。
あなたは、私がこの婚約を破棄することを応援してくれていたじゃない。
そりゃあ、篤志さんが努力しようとしてくれているのは私もわかったよ。
仕事も続けていいって言ってくれるし、好きだとも言ってくれた。
この夜のように、ずっと穏やかに暮らしていければいいけど……人って、そんなに簡単に変われるもの?
私の中から、あの生臭いキスと、怒鳴られた声はまだ消えていないのに……。



