「大丈夫、あの男なら仲間が確保しているはずだから。逃げなくても、追ってきたりしませんよ」
「そうじゃないの。違う。お願い、どこか遠くに連れていって」
そう懇願する自分の声を聞いて、ハッとした。
私……やっぱり、政略結婚なんてしたくないと思っているんだ。
こういう素敵な人と恋をして、結婚して、普通の暮らしをしたい。ステータスなんて、高くなくていい。
そんな少女じみた憧れ、普段の私なら、鼻で笑ってしまうのに。
「……泣いているの?」
私の顔をのぞきこんだ大西さんが、心配そうに言う。
そして、そっと私の頬を指でぬぐってくれた。
そうして初めて、私は自分が泣いていたことに気づく。
「どうして──」
大西さんが言いかけたとき、新たな足音が庭に乱入してきた。
「その手を離せ!」
荒らげた大きな声に、背中がビクッと震えた。
瞬間、大西さんが私の身体を離す。
けれど、手だけは握ってくれていた。
「霧子、部屋に帰ったんじゃなかったのか」
大声を上げた篤志さんが、恐ろしいほど目を吊り上げ、私をにらむ。



