あの雨の晩から香奈さんはベルを訪れることはなかった。
あの日、彼女に選んでもらったマグカップはすでにお客さんにだされている。
ボクは頭の中でいつまでも結論のでない自問自答を続けていた。
虚ろな時間が過ぎるのをただひたすら持て余しているような感じだった。


学生の特権の長い夏休みも残すところ2日となった。
まだ残暑が続くそんな中、香奈さんと里沙さんがベルを訪れてきた。

「いらっしゃい」

ボクはついはしゃいでしまうように声をかけた。

「店長さん、イツキ、ご無沙汰」

香奈さんはニコッと笑った。
だが、ボクと視線があうと香奈さんは目を逸らしてしまった。

香奈さん………

「店長さん、武田君、はい、コレ四国のお土産」

里沙さんが讃岐うどん煎餅なる風変わりな包みを渡してくれた。

「やぁ、里沙ちゃん、香奈ちゃん、いらっしゃい、おっ、わざわざお土産ありがとう。こりゃ、1杯目はサービスだな」

店長はニコニコしながら里沙さんのお土産を受け取った。

「ラッキー、わたしゃなんも持ってきてないのにね」

香奈さんはイタズラっぽく言った。

「香奈ちゃんの選んでくれたカップはさっそく使わせてもらってるよ。さすがセンスいいね」

店長はそう言ってふたりの注文を受けていた。

「そういやさ、バイト君がさ、なかなか君達が来ないってずっとクサっててさ、店の雰囲気悪くしちまいやがってさ。ったく、商売あがったりだよ」

店長は笑いながら言った。

「て、店長、なにわけわからないことを、それ店長の話じゃないですか?」

ボクは皮肉っぽく切り返した。

「なぁに生意気言ってやがる。この3週間いつもフヌケたツラしてやがったのはどこのどいつだよ。ねぇ、徳元さん」

店長は常連の徳元さんに同意を求めた。
徳元さんはカラカラ笑っていた。
店長は徳元さんにお裾分けといって里沙さんのお土産の煎餅を一枚渡した。
また、今までの日常が戻ってくる。
そう思いボクはホッとした。
そして、さっき香奈さんの姿を目にした時、ボクは、正直な自分の気持ちに気づいた。