今夜はもう大丈夫だろう。

 後ろ髪を引かれるが、日向の筆が乗っている今、これ以上ここに居座ることはさすがに憚られた。

 理由はわからないが、二人が関係を持つ前から、日向は執筆中も私が同じ部屋に居ることを望んだ。

 以来私は、時間が有れば彼の部屋へと足を運ぶ。

 それでも、それなりのけじめは必要だとも思っている。

「先生、私そろそろ失礼しますね」

 窓辺へと歩を進めると、薄墨の空に、すっかり葉が落ちた街路樹が黒くシルエットを浮かび上がらせていた。

 更に下を覗き込むと、赤く連なり、地を這う様に進む車のテールランプが夜の始まりを告げていた。