ヒーロー(ヤンデレ)が死亡しました


「そうっすか。そうか……、最初から、“それ”が目的だったんすね」

呟かれた言葉の真意を、私は理解出来ない。

ただーー

「フィーさん、司祭さまの声は必ず返してあげて下さい」

任せましたよと、サクスくんは瞼を深く閉じた。

私にしか任せられないとした口振り。自身がしたかったことを、誰かに託すその意味はーー


「残念だったねぇ」

追いついた蜘蛛の軍団。私たちに逃げ場はないと、一目見て分かるなり、恐怖をじわじわ植え付けるように、追ってきた足を止める。

「男は頭から、女は足から。あとは、食い散らかしてあげる!」

美味しく食べてはくれないらしい。
でも、いいかと。サクスくんの前に出る。


「彼は逃がしてほしいの交渉は出来ますか?」

「泣けるねぇ。なんだい?薄々そうだと思っていたけど、あんたたち、そんな関係なのか。羨ましくて、妬ましいねええぇ!」

「いえ、私の大切な人は」

言いかけ、止まる。
肩を叩かれた。私の後ろにいたのはサクスくんしかいない。ならば、入れ替わりで私の前に出る彼はーー

「その大切な人の言葉を、相変わらず君は聞かないね」

瞳孔が開ききったような錯覚。
呼吸は止まるくせに、動悸が激しくなる。


まさか、まさかと、私の前に立つサクスくんをーーいや。

「でも、君はそのままでいてほしい。君の前にある障害は、俺が排除しておくから」


いつの間にか、黒いブレスレットがなくなっていた。本来の形に戻り、サクスくんの手に渡っている。

その場でへたり込んでしまった。
足に力が入らず、事の成り行きを見届けるしかない。

「く……ら……」

彼の名を呼ぶことも出来ない。未だにまさかと疑念を抱き、唇が震える。

サクスくんの顔はこちらを見ていない。けれども、笑っているのがよく分かる。


だって、彼はこんな時、いつもーー。


「今度は男が出るのかい!いいねぇ、ますます食い散らかしたくなってきた!」

手始めに小物たちが向かう。
群れたクモたちの飛びつきは、荒れた大波のようにも思えた。彼を飲み込む寸前、波が割れる。

波が水しぶきと化す。個体が分散。散り散りとなった肉片が、辺りにこびりついた。


息を呑んだのは、彼以外の全てか。
あの惨状において、無傷どころか衣服も汚れていない彼はまだ歩みを進める。

窮鼠猫を噛むどころではない。
追い詰めたのは獅子の類であると、追ってきたものたちは後ずさりをした。

「お、お前たち!」

蜘蛛女の号令で、鼓舞し、立ち向かう小物たちもいたが、彼に襲いかかる寸前、首が捻れた。

一体、二体、三体と。迅速的確に、雑巾でも絞るかのように首がぎちぎちと捻れる。


糸を吐かれようとも、彼の体には当たらない。杖を一度振るごとに、殺戮が始まる。


阿鼻叫喚を生む指揮者。血だまりの中に築かれた道を優雅に歩いて。

「ああ」

恍惚と。

「やはり、いい」

酔いしれ。

「こうして、彼女のために力を使うのは」


ただひたすらに、愛を口ずさむ。

「この力を得るためにしてきた途方もない努力が、全て報われる。苦痛が大きければ大きいほど、幸せだ。己の産まれてきた意味さえも見い出せ、声を上げたくなる」

サクスくんの声色で奏でられる、彼の音色。

「俺は今、彼女のためだけに“生きている”とっ!」

それが歓喜した時には、全ての終わりが待っていた。